2020.02.21

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Vol.1431 NPO現代座の『心をつなぐバラエティ劇場第3弾』で笑って、歌って、感動してきました

舞台はただのがらんとした空間に過ぎないのに、そこに人が立ち、想いが発せられると、たちどころに別世界があらわれる――。

舞台とは、私にとって「別世界へ行ってまた帰ってこられるところ」です。別世界へと運ばれていくたびに、そこでの人々が直面している問題や、多様な価値観について深く学ぶことができて、自分の世界に戻ってきた時によりおおらかになれる気がします。

そして、それこそが演劇の魅力だと思っています。

ありがたいことに、自宅のすぐ近くに現代座会館という劇場があります。閑静な住宅街に突如姿を現わす現代座会館は、さながら芸術家の隠家のよう。緑の幟が目印です。

こちらの地下ホールで繰り広げられる「別世界」にはこれまで何度も魅了されてきました。2016年9月には、武蔵野新田の開発に尽力した川崎平右衛門の物語『武蔵野の歌が聞こえる』。2019年8月には、むさしの芝居塾による『鬼～贋大江山奇譚』を堪能しました。

そして2020年2月7日から9日にはNPO現代座主催の『心をつなぐバラエティ劇場第3弾』が開催され、幸運にも取材をさせていただく機会に恵まれました。

2月8日（土）に伺った午後は予約で40名分の客席がすべて満席。現代座会館3階の小ホールには初めて伺ったのですが、舞台と客席との距離が近く、観客も演劇の一部だと思わせてくれるアットホームな空間でした。

現代座の木下美智子さんによる開演前のご挨拶（写真：山本幸則）

暖冬といえどもまだ北風が身に染みる季節。開幕を待つ観客には出演者さん直々あたたかい飲み物がふるまわれ、体と心にありがたいかぎりでした。

湯気の立つ紅茶をすすり、ちょうど口さみしくなったところに見るからにおいしそう～なクッキーを発見！

NPO法人らく福祉会が運営する『スペース楽』が特別に用意してくれたアソートクッキーです。

思わずひと袋購入してみると、サクサクと軽い歯ごたえで、やさしい甘さが紅茶と相性抜群でした。

東町4丁目にあるスペース楽では「障がいのある人もそうでない人もその人らしく暮らし続けること」を応援するために、1995年からパウンドケーキ・ジャム・クッキーなどを作り続けているそうです。

さて、美味しいクッキーを味わっている間にも、着々と開演の準備が整っていました。いよいよ幕開けです。今日はこれからどんな「別世界」が広がっていくのでしょうか。

朗読『賢者の贈り物』

写真：山本幸則

アメリカの作家、O. Henry（オー・ヘンリー）の代表作となった短編小説『賢者の贈り物』。そのほろ苦い顛末をご存知の方も多いかもしれません。

慎ましやかな夫婦が、お互い大切にしているものを犠牲にしてまで相手に身分不相応なクリスマスプレゼントを与え合う物語は、悲劇でもあり、喜劇でもあります。

深紅に彩られたステージに中村保好さんの声が響きわたると、言葉に込められた想いに誘導されて文学の扉がひらき、大きな共感を生んでいきました。

中村さんの朗々とした声が妻・デラの不幸な決断をやさしく見守り、夫・ジムの狼狽を丁寧に描き出して、現代座の舞台はしばし20世紀初頭のアメリカへとタイムスリップ。

そして元の現代座会館に戻ってきたとき、そこには確かに物語を共有したあとの連帯感が生まれていました。

落語『粗忽長屋（そこつながや）』

写真：山本幸則

100年前のアメリカから帰ってきたと思いきや、今度は300年前の日本にタイムスリップ！

創造グループ「BONBON組」の鹿目久憲さん演ずる落語『粗忽長屋』です。

少し前まではビロードのように見えていた深紅の台座が、毛氈の朱色に早変わりして見えるからふしぎですね。

写真：山本幸則

この筆者、じつは人生初の落語体験でした。今まで気になってはいたもののご縁がなかったのですが、鹿目さんの軽妙な語り口にどんどん引き込まれていき、やじうまの人だかりだとか、長屋のちょっとくたびれた様子だとか、いろんな情景が次から次へと目に浮かんできて夢中になりました。

これぞエンターテイメント！と思える痛快な内容で、落語に一気に惚れました。

落語を元にした芝居『猫の皿』

写真：山本幸則

落語の後は、落語をベースにした一幕物。

同じくBONBON組の矢川千尋さんが執筆したお芝居『猫の皿』です。

写真：山本幸則

時は現代、場所は日本。清水雅子さん扮する女性客は、カフェを訪れた際、そこで飼われている猫が大変貴重な骨董品を水受けに使っていることに気づき、店主にその真価を悟られないまま二束三文で譲ってもらおうと企みます。

矢川千尋さん扮する店主は、その骨董品の価値を最後まで知らぬまま。ですが、なんとも皮肉なことに、最後に笑うのは店主なのです。

締めのセリフで大どんでん返しが明らかになりますが、そこにいたるまでの女性客と店主の必死の攻防がユーモラスかつスリリングで、思わず手に汗を握る展開でした。

おふたりの演技力もさることながら、戯曲そのものが魅力的で、とても楽しい時間でした。

失われた協同の記憶『群来（くき）』

写真：山本幸則

休憩をはさんでの第2部は、打って変わって青の世界。ここは北限の海です。

北海道では明治から大正時代にかけてニシン漁が盛んでした。かつて春の海にはニシンの大群が産卵のために押し寄せ、沿岸一帯をぎっしりと埋め尽くしたそうです。地元の人々はこの光景を「群来（くき）」と呼び、仲間と協同してニシン漁に出ていました。

写真：山本幸則

現代座の今村純二さんは、1967年に公演のため日高地方にある三石町を訪れていた折に地元の漁師さんたちからニシン漁の歌を聴かせてもらい、群来に興味を抱いたそうです。

写真：山本幸則

いまや全国的に知名度が高い「ソーラン節」も、実はニシン漁で歌われた協同の歌のひとつ。

舟漕ぎ唄、網起こし音頭、沖揚げ音頭（ソーラン節）、子叩き音頭…。漁師たちが心をひとつにして漁に打ち込めるよう、連続した作業に応じて各行程の音頭取りが歌詞やテンポを変えて第一声を発し、全員がそれに呼吸を合わせて唱和していたのだそうです。

美しい図で複雑なニシン漁を解説してくださる今村さん。模型による演出もありました（写真：山本幸則）

舟漕ぎ唄を再現する黒澤義之さん、中村保好さん、木の下敬志さんと八木浩司さん（写真：山本幸則）

ところが、昭和30年代以降、ニシンはぱったりと姿を消しました。気候変動の影響もあり、現在の北海道にもう群来はめったに訪れないそうです。

失われつつある協同作業の記憶を取り戻すかのように、今回の公演では観客もソーラン節や舟漕ぎ唄を役者さんと共に声を張り上げて大合唱。手拍子が湧き、気分は高揚し、心ははるか北海道の海へと運ばれていきました。

写真：山本幸則

人間の力を結集して行っていたかつてのニシン漁。苦しくてつらい海での仕事をなんとか和らげよう、共に働くことにロマンを見出そう――。そうして世代に渡って磨き上げられた海の歌の数々は、貴重な文化遺産だと今村さんはおっしゃっていました。

現代の機械じかけの乱獲漁にはないいつくしみの心が、『群来』のパフォーマンスには込められているように思いました。

写真：山本幸則

朗読、落語、芝居、参加型シアター…。たった2時間に凝縮された濃厚な体験でした。

すべての演目に共通していたのは、「助け合う」という人間の根本的な営み。時に助け合うフリをしたり、助け合いの意味を掛け違えてとんでもない顛末になったりはしたものの、すべてのパフォーマンスに人の目指すべき助け合いの境地が明示されていました。

人は、お金をたくさん儲けるのでも、地位を確立するのでもなく、他人に助けの手を差し伸べてその人に信頼されることによってのみ、生きがいを得られるのでしょうか。

これからも現代座では俳優さんがいろいろ楽しいことを企画しながら継続して『心をつなぐバラエティ劇場』を開催していく予定だそうです。

ぜひ、演劇を通じて盛りだくさんな人生体験をしてみませんか。

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